「風邪ひいて寝んね 」
2002/12/20( Fri)
つれえ。
咳が止まらん。
日本からコンタック持ってきたんだけど、
効きやしねえじゃねえか。
まあ個人差があるから一概に文句も言えないが。
あんまりしんどいので、こっちの連れに風邪薬を買ってきてもらった。
比較的副作用の少ないもの、とのことだったが、心臓に悪いらしい。
「効き目はすごいが、副作用で何がおきるかわからない」という薬もあるらしい。
>ルイちゃん
更新ありがとう。 また来年もよろしく。
ではみなさん、よいお年を。 |
「ドンブラ漂流記 3 」 2002/12/20(Fri)
まだ漂流してます。
あっという間に辞められたアイヌル先生だが、
「必ず代りの先生を見つけますから」と
約束してくれていた。
で、その新しい先生がバグダット氏(仮名)。 アイヌルの兄貴だ。
なんて直線的な繋がりなのでしょう。
まあいいや。 アイヌルは「音楽の教師」だったが、
バグダットは国立のオーケストラのメンバーで、 バリバリの「音楽家」なのであった。
初心者がいきなり虎の穴に入門か? 授業はレベル高いぞ。 バグダット先生は
ドンブラを手足の如く扱うのである。 ひととおりお手本を見せてもらって、
「やってみろ」とドンブラを手渡されるのだが、 真似できんちゅうに。 それでもどうにか
「セケルト・ぺー」というキュイ(カザフ語で
「器楽曲」のこと)の伝授を受けた。
これね、教わった、じゃなくってほんと「伝授」ってかんじなのよ。
「セケルト・ぺー」とはいかなるキュイか?
こーれはいつか直接、聞いて見てもらうしかないぞ。 約3週間、10回の授業が終わった。
バグダット先生とはここでお別れとなった。
あーあ。 いやあね、バグダットはオーケストラの
仕事の合間をみて授業をしてくれたのだが、
スケジュールがあまりにも不定期でついていけなくなっちゃったのね。 仕事の空いてるときは4日連続とかで授業しようとするので、
なんぼ教わっても消化できないのよ。1ヶ月まとめていくら、
じゃなくて1回単位で授業料を決めているから、
ばかすか教えられても授業料の無駄なのだった。 実力は申し分ない先生だったんだけど、
もうちょっと初心者向きの教師を探すことにした。
来年までに次のひと見つかるかしら? |
「キルギスタンへ行ってきた 5」 2002/12/20(Fri)
シリーズ最終回。
〈夢が叶う〉
あのー、キルギスタン、楽しかったのよ。
あれこれ書いた後でなんだが。
収穫はあった。 プロ仕様のめちゃ良い口琴とか手に入ったし。 それから、コムズね。 キルギスの代表的な弦楽器で、
3年くらいずーっと欲しかったのが
見つかった。やっぱり現地まで行ってみるものだなあ。 コムズとはどのような楽器か? 「komuz」で検索かけると
なにかヒットするかも知れん。
これさ、3弦なんだけど、真ん中の弦を一番高くするという
とんでもない楽器で、いや調弦法はいくつかあるらしいが、
コムズ売ってる店の誰に聞いても正しい調弦・演奏法を
知っている者は居らなんだ。
ここからが己の悪運の強いところ、たまたまコムズを
作って店に卸しているというおっちゃんと出くわして、
調弦のやり方から基礎のドレミの弾き方まで教えてもらったのさ。
親切な人だった。 調子に乗って一緒に口琴を弾いたりしてね。
で、さ。
どっかで見たようなおっちゃんだったが、
まさかねー、とか思いながら別れたその直後。 そのおっちゃんはコムズ演奏の第一人者で、
来日公演も行ったアブドラフマノフ・
ヌラック氏であることがわかった。
日本で入手できるキルギス音楽のCDには、
大概彼の演奏が収録されている。
日本にいるときは、己、めちゃめちゃ聞きまくってたんだけどなあ。 大袈裟な例えだが、ギターを買いに行ったら、
K−1観戦帰りのエリック・クラプトンが居て、
ギターの弾き方を教えてくれた、とそのような状況だったのである。
不覚!
〈アルマティへ帰る〉
帰りは無事だった。 検問もなく、国境でまた「$10よこせ」
なんてこともなかったしね。 難をいえば、国境の出国管理と入国管理の施設は
道の両側に分かれているのだけど、
この建物2つで出入国管理スタンプが1個しかないのね。 カザフ人の警備兵がすぐにスタンプを取りに
行ってくれたのだけど、戻って来るまで
時間がかかって、まあ何事も無かったのだけど不安だったぜ。
同行のカザフ人の連れまで、なんかナーヴァスになっちゃってなあ。
夜7時、帰宅。
キルギスタン、また行ってくるよ。
「コムズのおっちゃん」にどーしてもまた会いたいからね。。
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「キルギスタンへ行ってきた 4」
2002/12/14(Sat)
ほー。 キルギスタンは非常に親日的だと聞く。
中央アジヤ諸国はビザが無いと入国できないのだが、
キルギスタンだけは、日本人は昨年からノービザで入国できるようになった。
これはありがたい。 外国人は在留登録をせねばならんが、カザフスタンだと
入国後3日以内なのに対し、キルギスは5日以内。
今回、己は3日間の滞在なので登録は不要だ。 らくちんだぜ。
〈ベータストア前...>
ベータストアって、スーパーマーケットね。
警備員がトンファーみたいな警棒下げて
巡回してるから怖い怖い。 異常に万引きを警戒しているような雰囲気だったな。
凄かったのは店を出た直後だ。 なんだか足元もおぼつかない婆さんが、
「花買ってけぇ」って迫ってくるの。 花って言っても、ひな菊かなんか、ちんまりした花を5、6本、
片手に握り締めてるだけなのね。
そんなもの要らないから無視して行ったら、
「買え〜花買え〜、何で買わんのじゃあ〜!」
って20mくらい追ってきやがった。 こええ。
花の押し売りなんて、世界中でここだけかも。
ビシュケク名物?「花買えばばあ」
中央アジヤではタフでないと生きてゆけんのだなぁ。 |
「キルギスタンへ行ってきた 3」
2002/12/14(Sat)
あえ。 師走ですな。
カザフ語ではジェルトクサンといって、あー、意味は解らねえ。
>劇団紫 さん
25周年おめでとうございます。
そーいや学生時代って紫野に居たのよね。
知らぬ間に「カレー王国」が無くなってて残念なことだ。
続きです。
〈首都ビシュケクにて〉
アルマティから約4時間、ビシュケクの
アウトヴァクザール(バスターミナルな)到着。 「地球の歩き方」をみると、ここでもやっぱり警官が外国人を
狙って金を巻上げようとするとあるのだが、
まだ日の明るいうちに着いたせいか、その姿は見えんかった。
ラッキー。
ここ、首都なんだけどさ。わびしい町だなぁ。街じゃなくて、町。
第一印象、雰囲気は暗い。 街灯はあるが光量が乏しい。
「笑顔の人がいないね」とカザフ人の連れ。
日が暮れたら、大統領府の前なんかでもめちゃめちゃ暗い。
アルマティは煌煌と照らしまくってるからなぁ。
あ、ただアルマティって中央アジアではかなり特異な発達を
している街ではあるのだけど。連れがあれこれ道など
通行人に聞くのだが、つっけんどんな答えが多い。
「知りません」じゃなくて「さあね」って感じなのな。 連れはロシヤ語で話してたのだが、
「アルマティと比べて、ロシヤ語の不得手な人が多いのでは」
とのことだった。
これはキルギス語を話せない我々の落ち度ともいえる。
心底むかついたのは、大統領府向かいの「IMAN」という土産物屋だ。
これ、実名ね。
夕方、まだ開店中の札が下がっていたのでドアを開けたら、いきなり鉄格子に閂が
かかっている。 隙間から中を眺めていたら、奥からおっさんが現れて、
「おまえら何か買うのか」
中、見せてもらえます?
「買わんのなら入れてやらん」
まず品物を見ないと買うか買わないか決められないでしょ?
「...」 早々に退散。 入ったら入ったで、きっとすぐにまた
ドアに鍵をかけられて、金を払わないと出してもらえない、とかね。
まあ憶測だが、おおいに有り得る。 もしかしたら土産物屋とはうわべの姿で、
秘密警察かなんかの詰所だったのかもしれない。
いや、キルギスタンにそういう組織があるのかどうか知らないけどさ。
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「キルギスタンへ行ってきた 2」 2002/12/11(Wed)
ああ、そうなのさ。
〈国境を越える)
アルマティを出て、天山山脈の麓あたりを西へ向かう。
30分も走れば、雪に覆われた大平原に出る。 草を食む羊の群れを馬に乗った牧人が
追っていたりと、絵に描いたような風景だ。 時折、カザフ人の移動式住居が視界に入る。
ロシヤ語でユルタ、中国語でパオ、 モンゴル語でゲルというあれだ。 カザフ語ではユイ。
(これ、日本語に無い発音なので
仮名では表記できないのだが、便宜上記しておく)
さて、ビシュケクの手前1時間くらいの所でパスポートの検査があった。
道路脇にコンテナが転がってて、そこに国境警備兵が詰めている。
カザフ人はパスポートを持ってることだけ示せばよいのだが。
「へぇー、この車ニッポンジンが乗ってるぜ! おいお前、ちょっとこい」
と己だけ降ろされた。 同行のカザフ人の連れが、替りにコンテナの中で出国の理由など
説明してくれたのだが、
「あのニッポンジンはどんなスポーツをしてるんだ? カラテはできるのか」
など何の関係も無いことを聞かれたらしい。 国境越えで、ただでさえ神経がピリピリしてるのに、
お前らの暇つぶしの相手などやっとれんのよ。
旧ソ連圏諸国の官憲は、イコール ロシアンマフィアである。
隙あらば旅行者から金品を撒き上げようとするのだ。
職務も果たすのだが、悪事もよく働く。
下手に逆らったらどうなるか分からんので、恐ろしくて仕方が無い。
どうにか国境までついた。 真新しい出入国管理施設がある。 これはカザフ側のもので、
キルギスタンの施設はない。
ここでは全員車を降りて、パスポートを提示しなければならない。 カザフ人はパスポートを見せるだけでいいが、
ガイコク人は出国スタンプを受けなくてはならない。 係官が言う。
「あそこでスタンプを受けてくれ」 あそこ? ジュースとかお菓子とか売っている
バーカウンターが会って、ロシヤ人の警備兵が
バーテンとだべっている。 あれかよ。
えーと、もしもし?出国したいんですが。 「ニッポンジンか。 この出国スタンプは有料だ。
10ドル払え。規則だからな」 きたか。。。思いっきりウソである。
その規則というのは、このおっさんが作った規則なのである。 10ドル払ったら、それは国庫ではなくそのおっさんの
ポケットに入るのである。幸い、連れが「手持ちの金はない」と
言いくるめてくれたので、金を払わずに無事通過できた。
また、「金が無いなら出国させない」というような物騒な感じではなく、
「ま、一応ふっかけてみるか」みたいなノリだったので、助かったようだ。
こういう場合、絶対に10ドル全額払ってはいけない。
払わざるを得ないような雰囲気だったら、
「ナカッタコトニシテネ」 と1ドルくらい賄賂を渡してやる。
相手も、悪事を働いていることは十分承知してるし、
むしろこの賄賂の方を取るために言いがかりを付けている節がある。 素直に悪徳官吏のいう通り金を払ってしまうと、
つけあがって後から来る旅行者みなに難癖をつけるから、うまく対処しようね。
って、カザフまで来る人も少ないだろうけど。
やーれやれ。 キルギスタン側の出入国管理はない。
路上で荷物検査があるだけだ。 これがまた、警官の態度が高圧的で物騒なんだが、
手榴弾とか麻薬とか運ぶ奴がいるらしいので、致し方ないのか。
ともかく、ビシュケクに着いた。 快晴。
天山山脈だけは美しかった。
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「キルギスタンへ行ってきた 1」 2002/12/11(Wed)
そうなのさ。
12月7日(土)、8日(日)、9日(月)と、
カザフ人の連れに通訳で同行してもらい、
キルギスの首都ビシュケクへ遊びに行ってきたのな。
このシリーズは積極的に悪口を書きます。
ああ、そうともさ。
だって、道中ほんとに印象の悪いことが多かったんだもん!
すべて事実であって、嘘や誇張は一切無いからね。
事実を書いて何が悪い。
〈アルマティを出る〉
アルマティ西部のサイラン・バスターミナルから国境越えのバス、
ミニバス、タクシーが出てる。
窓口で切符買おうとしたらさ、いきなり係の女性が
「切符?知らないわ」
いや、あんたが知らなんだら誰が知ってるいうんよ?
「隣の窓口で聞いて」
へいへい。 (隣へ)もしもし、切符は...
「ないわ」
ちょっと待て!バスたくさん止まってるぢゃないか。
12時40分発って電話で確認したんだぜ。
「12時になったら発売するかもしれないから、後にして」
かもしれないって、なんなんだよそれ。
ミニバスに乗ることにする。 普通のワゴン車に10人くらい詰め込んでいくもので、
これは直接運転手に代金を払う。 1人500テンゲ(約400円)だ。
「ビシュケクまで行くんだろ?乗ってきな」
ああ、タクシーの運ちゃんか。 これは1人1000テンゲだったっけ。
いや、ミニバスで行くからけっこう。
「何故だ。なぜ俺の車に乗らないんだ」
押売りか?
「乗れってば!来いよ!」
いいってば! ミニバスの切符買っちゃったから。
「...」
中央アジアでは、タフでなくては生きていけない。
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